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#3 ボクシングの日 世界チャンピオン会「世界チャンピオンと懇親の夕べ」報告

ボクシング情報ラボ 理事長  今村庸一 (駿河台大学名誉教授)

5月19日、東京水道橋の東京ドームホテルで、ボクシング世界チャンピオン会(以下、チャンピオン会)主催の「世界チャンピオンと懇親の夕べ」が開催されました。日本のボクシング史を飾った元世界チャンピオンが集い、とても華やかなパーティーになりました。私も関係者のひとりとして参加してきましたが、個人的な感想も含めて、ご報告しましょう。
日本のプロボクシングで最初に世界タイトルを獲得したのが白井義男さんです。1953年5月19日、後楽園球場でダド・マリノを下して日本人ボクサーとして初めて世界チャンピオンになりました。この日5月19日を記念し「ボクシングの日」と定めて、毎年イベントを行っています。このチャンピオン会は、歴代の日本人世界チャンピオン経験者を集めた任意団体で、2010年にガッツ石松さんを会長として発足しました。これまで2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2024年の能登半島地震に際してチャリティ活動をしてきました。昨年2024年から第2代会長に浜田剛史さんが就任し、今回のイベントが実質的に初めての大きな活動になりました。今年は浜田会長のもとで歴代チャンピオンを集めた大規模なパーティーが開催されることになりました。
白井義男さんが世界チャンピオンになってから72年目となったこの日、東京水道橋にある東京ドームホテルの「天空」には、40名を超える歴代世界チャンピオンが集結して旧交を温め、ボクシング関係者が約250名がセレモニーに参加して「ボクシングの日」を祝賀しました。司会進行を務めたのはWOWOWエキサイトマッチを担当してきた高柳謙一さんと中島そよかさんでした。このお二人は私も放送作家時代からよく知っています。開会の辞が告げられると、次々と元世界チャンピオンが紹介され、40数名の錚々たる元世界チャンピオンが壇上に勢揃いしました。その光景はまさに壮観というほかありませんでした。そのあと浜田会長から挨拶があり、このチャンピオン会の新しい執行部のメンバーとして、副会長に具志堅用高さん、セレス小林さん、事務局長に中島成雄さん、理事長に山中慎介さんが就任したことが発表されました。そして浜田会長からは、これまで日本のボクシング界ではプロとアマチュアはなかなか協力体制が築けなかったが、これからはそうした垣根を超え日本のボクシング界全体の発展のためにチャンピオン会は貢献していきたいと抱負が語られました。
そのあと後半では、具志堅用高さんと渡嘉敷勝男さんの軽妙な司会によるオークションが行われました。当日の参加者である元世界チャンピオンが持参したものやサイン入りグッズなどのほか、井上尚弥さんのサイン入りグローブなどが出品され総額200万円を超える売り上げになりました。これは全て能登半島地震の義援金に寄付されました。具志堅さんと渡嘉敷さんは同じジムの先輩後輩であり、WBA世界ジュニアフライ級のタイトルを長らく二人で保持してきた名チャンピオンでもありました。ボクシング引退後は二人ともタレントとしても大成功していますが、この日のオークションの司会でも現役時代を彷彿とさせるような速射砲のような言葉の連打が会場を魅了して、先輩後輩の見事なコンビネーションを見せてくれました。このような形でボクシングの元世界チャンピオンの人たちの活動が社会貢献に繋がっていくことは素晴らしいことです。これから先も浜田会長の新体制のもとで、さらなる活動に繋げていってもらいたいと思います。
さて今回私もゲストとしてこのパーティーに参加させていただいたのですが、いろいろな人と再会したり、また引退後初めて見た元世界チャンピオンの人もいたりして、とても感慨深い経験をすることでできました。

浜田剛史さんは、本研究会「ボクシング情報ラボ」でも会長をされていますが、主催者の代表として堂々とした対応をされていました。ボクシングビート誌の元編集長で本研究会の事務局長をお願いしている前田衷さんも参加されていました。元ボクサーやジム関係者の方々が大勢参加していたので、とても忙しそうに交流されていました。それから1991年から本放送が開始され、その後、日本を代表するボクシング番組になったWOWOW「エキサイトマッチ」ですが、この番組のプロデューサーだった大村和幸さん、そして司会進行を務めていた高柳謙一さん、中島そよかさんもいました。二人ともこの番組のアナウンサーでもあり、私も1990年のWOWOWの開局時から10年余に渡り、放送作家としてこの番組の企画構成を担当しました。今回登壇した若い世界チャンピオン経験者の中には、この番組を見て育った世代も多くいるそうですから、そういう意味でも感慨深いものがありました。会場では前田衷さん、大村和幸さん、高柳謙一さん、中島そよかさん、そして具志堅用高さんと久しぶりに再会することができて、まるで高校の同窓会で旧友と再会したような気分になりました。
壇上では世界タイトルを獲って50年以上経った方を表彰するセレモニーが行われ、浜田剛史会長や新しく理事長に選任された山中慎介さんから、ファイティング原田さん、花形進さん、大熊正二さん、に花束の贈呈が行われました。奇しくもこの三人は同じ階級である世界フライ級タイトルを獲得したボクサーでしたが、日本人初の世界チャンピオンになった白井義男さん、そして海老原博幸さん、さらに大場政夫さんと、既に鬼籍に入られているこの伝説的なボクサーの方々もやはりフライ級で世界を制したチャンピオンでした。現在では「黄金のバンタム」とも言われたバンタム級で、WBA・WBC・IBF・WBOの4団体の世界タイトルの全てを日本人ボクサーが独占するという快挙を達成しています。それも日本ボクシング界を牽引してきた数多くの先人の足跡があって現在の繁栄があると言えます。今回、顕彰された三人はもちろんのこと、長きに渡って日本のボクシングに貢献されてきた方、全員に改めて敬意を払いたいと思います。

一方、このチャンピオン会のメンバーはいずれも世界タイトルの栄冠を手にした偉大なボクサーなのですが、実力や実績はありながら、機会や運に恵まれず、この場に立つことが出来なかった選手がいたことも忘れるわけにはいきません。栄冠を手にしたボクサーも一歩及ばず涙を呑んだボクサーも、いずれも人生を賭けた大勝負をリングの上で繰り広げてきたわけですから、その全ての功績は称えられるべきものです。このようなイベントを機に、日本のボクシング界が歩んできた道程を振り返ることも大切だと痛感しました。
私も放送作家としてWOWOWエキサイトマッチを10年間担当したのをはじめとして、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等のメディアでボクシングの記事を書いたり関係者と接してきたりしました。またメディアや情報やジャーナリズムを専門とする研究者としても、スポーツとメディアや情報の関係について大学で講義をしたり研究したりしてきました。近年のメディア研究というとどうしてもコンピューターの発達やスマホやSNSの開発にばかり目がいってしまいがちですが、最も大切なことは、そのようなメディアの変化を、歴史的に見たときにどのような評価をすればよいのかを考えることにあると思うのです。

その点でボクシングをひとつの研究対象とした場合、どのような研究分野や研究方法があるだろうかといつも考えてきました。既存の学問分野でボクシングを適用してみるとどうでしょうか。ボクシング法学、ボクシング経済学、ボクシング社会学、ボクシング文学、ボクシング歴史学、ボクシング理工学、ボクシング医学生理学、・・などなど様々な研究が考えられそうですね。日本ではこうした試みはまだありませんが、仮にこのようなボクシングの専門的な研究を目指した「ボクシング学部」でも出来たら、それはとてもユニークな学部になることでしょう。日本の大学のスポーツを扱う専門的な分野としては「スポーツ科学」や「運動生理学」などを設けている大学もあるのですが、もっと幅広く考えて法律や政治や経済や文化など横断的に研究するような組織があれば、他に例を見ないような楽しいものになるのではないかと個人的には思ってしまうのです。
アメリカのネバダ州にはゴルフを専門に研究する「ゴルフ学部」を設置している大学があるそうです。ゴルフはアメリカ国内では大変大きなビジネスや文化になっていて、単に競技の結果やプロゴルファーのためだけでなく、もっと一般の人々や地域社会や自然環境との関係等についても制度や運営などに関する研究が進んでいるそうです。まだボクシング専門の学部は聞いたことはありませんが、日本のボクシング界も、白井義男さんが世界タイトルを獲ってから既に72年の歴史を刻み、世界チャンピオンが100名を超えている現状を考えれば、十分に学問的研究対象にしてもよいのではないかと個人的には思っているのです。

どうしてもスポーツというと現在の競技の結果だけが重要視されて、誰が勝ったか、いくらお金が動いたか、という世俗的な関心だけが目立ってしまいます。しかしこれだけの素晴らしい世界チャンピオンが生まれて、十分な歴史資料も揃ってきた日本のボクシングの遺産を活用して、何とか若い世代の人たちに引き継いでいってもらいたいものです。
ボクシングの歴史はボクサーやジム関係者だけでなく、それを伝えてきた人たちも大いに寄与してきたことは、もっと重要視されるべきでしょう。「ボクシング学」が本当に必要とされるのは、ボクシングのメディアや情報に携わるプロの仕事をしている人たちでしょう。具体的には、新聞記者、カメラマン、ライター、編集者、アナウンサー、プロデューサー、ディレクター、放送作家、・・・このような分野で優れた仕事を専門にする若い人材をこれからもっと育成しなければなりません。ボクシングの世界タイトルマッチが、テレビ中継からネット配信に変わってきた今こそ、そうした共通認識をもつ人たちが集い、ボクシングのことをより広くより深く探求する場が必要なのではないか。・・チャンピオン会のパーティーに参加して、そんなことを考えました。(了)
世界チャンピオン会-東京ドームホテル
世界チャンピオン会-東京ドームホテル
浜田剛史会長を中心に
浜田剛史会長を中心に
大熊正二さん(左) ファイティング原田さん(中)
大熊正二さん(左) ファイティング原田さん(中)
今村庸一 理事長 , 浜田剛史 会長 , 前田衷 事務局長
今村庸一 理事長 , 浜田剛史 会長 , 前田衷 事務局長
具志堅用高さんと
具志堅用高さんと
司会の高柳謙一さん、中島そよかさんと
司会の高柳謙一さん、中島そよかさんと
筆者・今村庸一 理事長 (駿河台大学名誉教授)
筆者・今村庸一 理事長 (駿河台大学名誉教授)

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理事長:今村庸一

理事長:今村庸一
1956年生まれ。駿河台大学メディア情報学部名誉教授。メディア論。東京大学大学院社会学研究科卒。
放送作家として数多くのスポーツ番組の企画・構成を担当。1990年よりWOWOWエキサイトマッチの構成を10年間担当。「ワールドボクシング」にもコラムを連載するなど多数執筆。

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