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#6 今村庸一のボクシング・アカデミー: ジミー・レノン・ジュニアの思い出

「ニッポン ノ ミナサマ コンバンハ !」 ボクシングファンの人ならお馴染み、世界のリングアナ、ジミー・レノン・ジュニアの第一声である。
ジミー・レノン・ジュニア
ジミー・レノン・ジュニア

アメリカンスタイルのリングアナの系譜

アメリカのリングアナと言えば、1970年代には、チャック・ブルやジミー・レノン・シニアがよく知られていた。

当時、アメリカで行われるビッグマッチは日本のテレビでも見ることがあったが、このリングアナは日本とは全く違い、その日のイベントを盛り上げる千両役者のような感じがした。1990年代になってから頭角を表してきたのが、マイケル・バッファーとジミー・レノン・シニアの息子のジミー・レノン・ジュニアだった。

私がWOWOWエキサイトマッチの構成を担当するようになった頃、毎週のように世界中のボクシングの試合のビデオが届いてきたのだが、驚いたことにどのテープを見ても、この2人のどちらかが必ず画面に登場していたものだった。

1994年、初来日での出会い

そのジミー・レノン・ジュニアが1994年に日本に来た。

東京体育館で行われる、ウィルフレド・バスケスと葛西裕一の試合の時だ。この試合は、WOWOWが国内で初めて実況生中継するイベントだったので、私も試合前の打ち合わせから加わっていたのだが、この時に初めてジミー・レノン・ジュニアと会って話を聞く機会があった。

彼のあの金髪のハンサムな風貌は父親譲りでもあり、またあの晴朗で張りのある美声は、これから始まるリング上の、壮絶なボクシングのドラマを盛り上げるのに極めて効果的であった。
打ち合わせ中のジミー・レノン・ジュニア
打ち合わせ中のジミー・レノン・ジュニア

プロフェッショナルの裏側にある努力

試合の前日に、関係者との打ち合わせが都内のホテルで行われ、そこで私は彼と名刺交換をしていろいろな話をすることができた。日本は大好きな国で、とてもワクワクしていると言うことだったが、リングアナになったのは、やはり父親の影響が大きかったと言った。また常日頃から、選手の名前や階級名などを間違えないように、細心の注意を払っていると答えていた。

私も放送作家として、若いアナウンサーやナレーターの人たちの指導をすることもあったのだが、リングアナの場合は、会場の雰囲気を盛り上げる役割も大きいので、その場の状況に応じた臨機応変な天性の才能も求められる。

私が何よりも感心していたことは、彼の英語だけでなくスペイン語も実に流暢な言葉で選手の名前を呼み上げていたことだった。子供の頃からスペイン語を使うような環境にいたのかと思って尋ねたところ、そういうことではなく、リングアナになるためにわざわざスペイン語の学校に通って、一生懸命勉強したとのことだった。一見すると天才タイプに見えるが、一流のリングアナの仕事をするためには、並々ならぬ努力が必要であることが伝わってきた。
ジミー・レノン・ジュニアの名刺
ジミー・レノン・ジュニアの名刺

プロフェッショナル同士の共鳴

私は、毎週のようにアメリカから送られてくるテープを通じて、彼のリングアナウンスを目にしていたのだが、どうしても聞き取りづらい英単語がいくつかあったので、彼のアナウンスを全て手書きの英文にして確認することにした。それを見せたところ驚いて、目を輝かせながら「Oh ! Very Impressive ! (うゎー!感激した!)」と言って大喜びしていた。
どうやら、自分のアナウンスの言葉の一字一句を活字に起こしていた日本人がいたことに感激したらしい。

東京体育館での歴史的な夜

試合会場は、東京千駄ヶ谷の東京体育館だった。当日は、生中継で会場入りしてから実況の高柳謙一さん、解説の浜田剛史さん、ジョー小泉さんとともに、ジミー・レノン・ジュニアとも事前の打ち合わせをした。

当時彼の決まり文句であった「It's SHOW TIME !」と発したあとにベルを連打する段取りがうまく伝わっていなかったらしく、リングサイドのスタッフと何回も確認をしていた。
解説の浜田剛史さん、高柳謙一さんとともに
解説の浜田剛史さん、高柳謙一さんとともに

30年後も変わらぬプロフェッショナル

あの日から、もう30年以上の時が経過した。その後、私は大学の研究者になったのだが、その間ずっとジミー・レノン・ジュニアは、休むことなく、毎週のように、世界中でボクシングのビッグマッチのリングアナを務めてきたわけだから、「世界で一番忙しいボクシング関係者」といっても間違いではないだろう。

今年も、日本のリングでその勇姿を見ることができた。これから先もあの美しい張りのある声で、ボクシングの歴史に残るような、ビッグマッチのリングアナウンスを続けてくれるよう、心から期待している。
理事長:今村庸一

理事長:今村庸一
1956年生まれ。駿河台大学メディア情報学部名誉教授。メディア論。東京大学大学院社会学研究科卒。
放送作家として数多くのスポーツ番組の企画・構成を担当。1990年よりWOWOWエキサイトマッチの構成を10年間担当。「ワールドボクシング」にもコラムを連載するなど多数執筆。

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