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#11 今村庸一のボクシング・アカデミー:トカちゃんの「こりゃまた失礼」

TBSの朝の情報番組「モーニングEye」

今からもう35年以上前のことになるが、1990年頃にTBSの朝の情報番組「モーニング Eye」を担当していたことがある。

月曜から金曜まで8時30分から9時55分まで放送していたTBSの看板番組で、私は放送作家として火曜日を担当していた。

この時の番組キャスターは、山本文郎さんと長峰由紀さんで、各曜日にプロデューサーとディレクターがおり、番組の企画・構成を担当する放送作家が、各々の曜日に張り付いていた。当時はまだ、インターネットも普及していない時代だったので、全ての作業がアナログだったし、当日の進行台本やナレーション原稿も、作家やディレクターが手書きで書いている時代でもあった。
この頃、私自身は放送作家としてテレビやラジオの報道情報系、スポーツ系、ドキュメンタリー番組等を担当していた。

この「モーニングEye」の火曜日を担当するために、毎週月曜日の午後に局に行って、その日の朝に放送したものをチェックし、その日に起こったニュース報道や芸能情報などを確認して、翌日の放送に備えてスタッフと打ち合わせをしたあと、夜は近くのビジネスホテルに泊まって、何か突発ニュースがあったときのために待機しておくという生活をしていた。

この間、火曜日担当のスタッフたちは取材先から帰ってくると、ほとんど徹夜で編集作業をしていることが多く、その途中で深夜であっても電話で呼び出されて編集作業に立ち会わされることもよくあった。

放送作家になりたいと希望する若い人たちも多いのだが、このように朝も昼も夜も深夜も、24時間仕事中心の過酷な生活になるので、プロの放送作家になるには体力に自信がないとと、ても務まる仕事ではないことは指摘しておきたい。

民放テレビの情報番組

民放の情報番組と言えば、大体形式が決まっていた。

まず「発生ネタ」と言われるもので、大事件や大事故などの発生した現場にレポーターが行って、刻々と推移する状況をライブ配信するものである。

大規模な自然災害や、凶悪な犯罪事件など、この種の民放の情報番組が伝えたものは数知れない。時には過激な情報提供や表現方法が批判を浴びたこともあったが、この分野の番組は良くも悪くもテレビ的であったことは間違いない。私もその後、こうしたテレビの現場を踏まえて、メディアやジャーナリズムの研究者になったのだが、テレビの情報番組ほど、外部から見た印象と内部から見た制作現場がかけ離れているものも少ないのではないかと思われる。
次はお馴染みの「芸能ネタ」だ。

これは芸能ニュースをもとにして、芸能界の最新情報を扱うものである。新作ドラマの発表やら、芸能人の結婚や離婚やら、とにかく次から次へと忙しい。私自身は実は芸能界にはほとんど関心がなかったのだが、仕事上知らないわけにもいかないので、夜中になってからホテルの部屋でタレントやアイドルの名前を一生懸命勉強したものであった。

そして三番目が、様々なテーマに応じて独自取材のコーナーを作る「企画ネタ」である。
上記の「発生ネタ」と「芸能ネタ」は、実は民放各局ほとんど横並びで同じようなものを放送するのだが、この「企画ネタ」は各々の番組が、独自色を出す内容になっていて、ここで番組の個性を出したり特定のタレントを出したりして、他局との差別化を図るようにもなっていたのであった。

例えば最近では同じ天気予報でも、番組専属レギュラーの気象予報士が個性を発揮して独自色を出しているものもあるし、天気図のCGを特殊なものにしたりフリップに一工夫したりしているものがある。「企画ネタ」の最大の目的は、いかにしてその番組の個性や独自色を出し、他番組との差別化を図るかという点にある。

そういう点では、この企画を考える放送作家の発想や能力も問われるコーナーということにもなるわけである。

火曜日の名物コーナー トカちゃんの「こりゃまた失礼 」

私が担当していた「モーニングEye」の火曜日の企画コーナーに、トカちゃんこと渡嘉敷勝男さんの「こりゃまた失礼」が始まった。

これはトカちゃんが、全国各地に赴いて風光明媚な名所旧跡を巡ったり、地元の名産物を紹介したりするものだったが、特に一般家庭にお邪魔して手作りの料理を楽しんでくるという企画も盛り込まれていた。

この頃、トカちゃんは本格的にタレント活動を始めたばかりだったようで、ボクシングの元世界チャンピオンというプライドは感じられないほど、新しい環境の仕事に謙虚な姿勢で取り組んでいるようだった。毎週、放送前の打ち合わせに来たときでも、私にも丁寧な朝の挨拶は欠かさなかったし、細かいチェック事項などもきちんと対応するように気を配っていた。

「モーニングEye」のタイムテーブルを紹介しておこう。

火曜日に放送するためのVTRは、この前日の深夜に徹夜で編集作業に入る。通常は粗編(あらへん)という映像だけをつなぐ作業があって、そのあとナレーションやBGMを付けるMA(音編集)になるのだが、時間的余裕のない生放送の情報番組では、しばしばこのMAを省略して生放送のときに音楽やナレーションはその場でつけることがある。そのため生放送ギリギリまで音楽やナレーションの準備に取り掛かっていて、ぶっつけ本番になることも多々あるのだ。

一曜日の担当スタッフが20~30名ほどいて、それぞれが時間に追われながら涙ぐましい作業を続けて、ようやく番組が放送されるのだ。放送時間は、朝8時30分から9時55分まで。これに合わせて毎日の過酷なルーティーンが繰り返されていく。

朝6時。スタッフ全員が集合し、その日の全体会議が行われる。キャスターの山本文郎さん、長峰由紀さん。曜日担当のプロデューサー、チーフディレクター。曜日担当の放送作家。現場へ取材に行って生出演するレポーター、等々。その日、放送する内容が書いてある進行表をもとにして、VTRやスタジオの時間の確認、内容やテロップの確認、ナレーションの確認、報道局のニュースの内容の確認、など、この直前の会議は極めて大切なものになる。近年のテレビ報道を見ていて初歩的なミスが散見されるのは、この事前のチェック体制が十分に行われていないからではないかと思われる。
一通り進行表の確認が終わったところで、7時頃、その日に出演するゲストやレポーター等がスタッフルームに入って来て、改めてスタジオ入りする時間や内容などを確認する。

トカちゃんが入っているのは、この頃である。

「こりゃまた失礼」は、トカちゃんとこのコーナーの専属のディレクターの和田君がいて、毎週二人で行った旅先でどんなことがあったのかの報告があり、その日放送する予定のVTRを、キャスター、プロデューサー、放送作家、等で一緒に見て確認する。

このあとが大事なところだ。

本番の放送ではVTRを見終わったあとで、トカちゃんを交えてキャスターやゲストとともにリアクションや補足をしたりするのだが、事前打ち合わせのときに和田君とトカちゃんの話を聞きながら、VTRには出てこなかった、その土地の情報や最近のタイムリーな話題を追加したり、アドバイスしたりするのも、放送作家の大切な役目でもある。

それは私個人の興味や関心ではなく、この番組を見ている視聴者の立場から見て気になるようなことについては触れない訳にはいかない。情報番組が、タレントや出演者の個性に頼ってばかりいると、番組のステータスを保つことは難しくなる。

私は放送作家の一番大切な仕事は、料理で言えば隠し味のようなもので、きめ細かい情報を常に視聴者目線で準備しておくことだと思っている。そういう点では、キャスターもタレントもゲストも、いい番組にするために最大限のフォローをしてあげなければならないと考えている。

ボクサーの渡嘉敷勝男とエンターテイナーのトカちゃん

ところで、トカちゃんこと渡嘉敷勝男さんは、言わずと知れたボクシングの元世界チャンピオンである。タレントのトカちゃんと元世界チャンピオンの渡嘉敷勝男と、異なる分野で一流の仕事をしているひとりの人間として、その個性をしっかり見極めなければならないと感じていた。

ボクシングの世界では、同じ沖縄出身の具志堅用高の後輩(渡嘉敷は神戸育ち)で、13度もWBA世界L・フライ級タイトルを防衛した偉大な先輩を継いでこのタイトルを獲り、5度防衛した立派なチャンピオンだったことに異論はない。

伝えられるところでは、具志堅の試合をテレビで見てボクシングをやる気になり、上京しそのまま具志堅が所属していた協栄ジムに入ったというのだから、決断力と行動力は旺盛だったのだろう。

最初は具志堅のスパーリングパートナーをして「根性がある」と見込まれたそうである。そのあとは、具志堅の背中を追いかける形で着々と実力をつけていき、具志堅が王座を手放して引退したのを機に、同じタイトルへ挑戦するチャンスを掴んだ。チャンピオンになっていた韓国の金煥珍に判定勝ちして、具志堅が保持していたタイトルの奪還に見事成功。そのあと5度の防衛を果たした。

渡嘉敷のボクシングは具志堅のような派手さはなく、その剽軽(ひょうきん)なキャラクターでカリスマ性もさほどないが、9度戦った世界戦を見ると、実際には努力で一戦一戦実力をつけていったことが分かる。

私が渡嘉敷の世界戦のボクシングを見た印象としては、何といっても無尽蔵のスタミナと接近戦のディフェンスの巧さに特徴があると思っている。攻撃面では回転の速い左右フックを軸に、接近戦でもボディバランスの良さを生かしてカウンターを食わない防御感が際立っていた。

そして何より、15Rフルラウンド戦ってもスビートが落ちない驚異的なスタミナが、渡嘉敷のボクシングの最大の強みだ。これは具志堅を見て身に着けた部分もあるのだろうが、一戦一戦の状況の変化に応じて自分は何をすれば強くなれるのかを考え、日々努力を積み重ねていった結果なのではないかと感じていた。

私は渡嘉敷勝男のベストマッチを挙げるとすれば、4度目の防衛戦で金煥珍とのリマッチを制した試合を挙げたいと思う。金煥珍は第1戦で判定ちしてタイトルを獲った相手だが、かなりの接戦でどちらが勝ってもおかしくないような内容だった。それから13か月後に行われた再戦で、渡嘉敷は金の攻撃を完全にブロックし、随所に左右のショートボディで圧倒して相手のスタミナを削っていく戦略を立て、これが見事に奏功した。

ここに、研究熱心な渡嘉敷ボクシングの真髄を見たような気がした。決して派手ではないけれども、状況に応じて自分がすべきことを考えて、前回から一歩前進する努力を惜しまないところが、渡嘉敷勝男という人の持ち味なのであり、本質なのではないかと思ったりしたのだった。

そしてもうひとつ。渡嘉敷勝男という人は、常に見ている人を楽しませるための、天性のサービス精神に溢れていることだ。それは恐らく生まれ持っているものなのだろう。世界タイトルを争うのリング上は勝負をかけた厳しい世界ではあるが、リングから離れて渡嘉敷勝男からトカちゃんになったときから、今度はプロのエンターテイナーのサービス精神を発揮する才能にも恵まれているように思われた。

「モーニングEye」生放送オンエアー

8時を過ぎると、キャスターやゲスト、レポーターなど、出演者は一斉にメイクルーム室へ向かう。本番開始まで30分を切ると、スタジオのサブ(副調整室)も急に慌ただしくなる。これから放送開始までのカウントダウンの緊張感溢れる時間が、生放送を担当している者にとっては一番充実した時間だ。

8時30分になった。

TK(タイムキーパー)さんの「本番、10秒前。5秒前。3、2、・・」の声で、いよいよ生放送開始。あとはフロアーにお任せとなれば楽なのだが、情報番組はそうはいかない。放送作家はプロデューサーと一緒に、番組進行を見ながら内容に間違いはないか、テロップやフリップの漢字に誤字脱字はないか、ゲストが不適切な表現をしていないか、常にチェックしなければならないのである。

特に事件や事故や犯罪などを扱う場合には、難しい言い回しや専門用語などもチェックする必要もあり、何か間違いがあった場合には、訂正用の紙を書いてスタジオに渡すのも作家の仕事である。

最近ネット上には、テレビをオールドメディアとして安易に批判する意見が多く見られるが、そういう人たちには一度、番組制作の現場を体験してから批判をしてほしいと思うのだ。ボクシングでも無責任な批判ばかりする人がいるけれども、実際にリングに上がって人生を賭けて戦う立場になって現場を理解してからでないと、本物のファンとは認められないのではないだろうか。どんな世界でも、一流のプロになって結果を出すのは大変なことである。

トカちゃんの「こりゃまた失礼」本番開始

9時を過ぎていよいよ「こりゃまた失礼」のコーナーの時間になった。

この日の「発生ネタ」が一通り終わり、スタジオ全体が少し和んできたことろで、トカちゃん登場である。いつものように元気よく「お早うございます」から始まり、今回訪れた場所や目的などの前フリがあったあと、先ほど事前打ち合わせで見たVTRに入る。スタジオでこれを見ている間が、一息つける貴重な時間だ。

VTRでは、ディレクターの和田君が撮ってきて、編集してきた映像が流されている。回を重ねる度にトカちゃんのレポーターぶりも板についてきた。一応、ボクシングの元世界チャンピオンで、今でもトレーニングを続けているという前提なので、毎回VTRの冒頭は、今回の訪問先の名所旧跡でランニングして、汗を流しているトカちゃんの姿から入る。

大海原が広がる海岸線をただ一人走るトカちゃん。
何世紀も地元の人たちから愛されてきた神社仏閣の参道や階段を黙々と走るトカちゃん。

毎回、このコーナーの冒頭部分を見ていて、この映像だけを集めて「走るトカちゃん」シリーズを作るのも面白いなと思ったりした。

地元のおばさんたちが世間話をしている。そこに割って入るトカちゃん。人なつこい性格なので、すぐに話の輪に入ることが出来る。しかしなかなか急に人気者と見られるとは限らない。おばさんたちからテレビで見た顔だとはいわれるが、トカちゃんが、ボクシングの元世界チャンピオンであることを知っている人は、ほとんどいない。

そう、客層が違うのだ。番組を作るときにまず考えなければならないこと。それはどういう人たちがこの番組をみているのか。そしてその人たちは、どんなことに関心があるのかを踏まえなければならない。

午前中にテレビの情報番組を見ている人は、家庭にいる主婦か、かなりの高齢者が圧倒的に多い。この人たちと、ボクシングの世界タイトルマッチを見ている人では、視聴対象が大きく異なっている。ボクシングの渡嘉敷勝男とタレントのトカちゃんでは、見ている層が違うことを前提にしなければならないのだ。

スポーツ選手で名声を得た人が、引退後にタレントに転身して失敗するケースも少なくないのだが、それは選手のときのキャラクターが通用しない場合もあるし、また急に軽いキャラクターに変身しようとして、大失敗してしまうことも多々ある。

選手時代の栄光に包まれたイメージを保持しながら、引退後に新しいキャラクターを演じるのは簡単なことではない。その点、トカちゃんは持って生まれた性格なのか、プロとしてのタレントの仕事を積極的にこなしているように見えた。

あとで聞いたところでは、この頃に一流のプロのタレントになるために、発声練習の指導を受けたりしていたそうだ。このあたりにも、トカちゃんはボクシングと同じように研究熱心で一流になるための努力を惜しまないことが窺われた。

ボクシングもタレントも 一流のプロを目指す研究と努力

「こりゃまた失礼」でトカちゃんとコンビを組んで、毎週のように二人であちこち取材に出かけていた、ディレクターの和田君が言っていたことがある。

「トカちゃんと一緒に仕事をしていて驚いたことがあるんですよ。最初の頃は、インタビューを撮りに行っても、自分がしゃべってばかりいて、なかなか上手くいかなかったんですが、しばらくしてから相手の話を聞くのが上手になりました。自分で研究したんでしょうね。話しながら、少しずつ相手との距離を縮めて話を聞くようになりました。そして自分が聞くときには、少し声を小さくして相手の声がはっきりマイクに拾えるようになったんです。どこで覚えてきたのか分かりませんが、トカちゃんなりにインタビューのやり方を研究しているんだと思いますよ。新人のレポーターが1年かけて覚えることをトカちゃんはこの1か月で覚えてしまいました。やっぱり世界チャンピオンになる人は、どんなことでも努力する才能があるんじゃないでしょうか。」

和田君もとても穏やかで明るい性格の人だったが、プロのディレクターとして、見るべきところはよく見ているなあと思って感心したものだった。この話を聞いて、番組終了後に私からトカちゃんに聞いてみたことがあった。

「トカちゃん、最近随分インタビューが上手くなったって聞いたけど、誰かに教えてもらっての ? 」

それを聞いて、少し笑いながら、トカちゃんは言った。

「え ? 分かりますか ? 相手が普通の人だと、いきなりテレビカメラが来て目の前にマイクを突き出されると、誰でも緊張して話せなくなると思うんですよ。それで、考えたんです。どうすれば相手が話やすくなるかって。最初は何げない話題から入っていって、少し緊張がなくなってきたら、相手に気づかれないように、少しずつ間合いを詰めていくんです。そこで、相手と視線を合わせたまま、マイクをそっと相手の死角の下から近づけるんです。ボクシングと一緒ですよ。いきなりパンチを打つんじゃなくて、徐々に距離を詰めていって、接近したら相手の死角からショートアッパーを突き上げる。あの要領ですよ。そうすると相手は警戒することなく、話をしてくれることが分かったんです。いつも毎回、勉強させてもらっています。」

なるほどね。相手の死角からマイクを近づけるのは、ボクシングの接近戦のショートアッパーと同じ要領なのか ! 恐れ入りました。こんなところにもトカちゃんの研究熱心なところが見て取れたのであった。



あのTBSの「モーニングEye」の「こりゃまた失礼」で、一緒に仕事をしてから、もう35年以上が経過した。昨年はチャンピオン会のパーティーで、先輩の具志堅さんと二人で軽妙なトークを交えたチャリティオークションをしてくれたトカちゃん。

いつまでも研究熱心で努力型のキャラクターを大切にして、多くのボクシングファンを楽しませてください。これからも期待しています。
理事長:今村庸一

理事長:今村庸一
1956年生まれ。駿河台大学メディア情報学部名誉教授。メディア論。東京大学大学院社会学研究科卒。
放送作家として数多くのスポーツ番組の企画・構成を担当。1990年よりWOWOWエキサイトマッチの構成を10年間担当。「ワールドボクシング」にもコラムを連載するなど多数執筆。

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