#7 今村庸一のボクシング・アカデミー:近代オリンピックとボクシング
#7 今村庸一のボクシング・アカデミー:近代オリンピックとボクシング
近代オリンピックとボクシング ~ それはセントルイスから始まった
近代オリンピックでボクシング競技が行われたのは、1904(明治37)年のセントルイス大会からである。
この年、日本ではあの日露戦争が始まった年になる。ギリシャの古代オリンピックでもボクシングは行われていたらしく、記録によれば紀元前588年には手に皮の紐を巻きつけて殴り合う競技が行われていたとされている。
第1回近代オリンピックは1896年にそのギリシャのアテネで開催されたが、第2回の1900年フランスパリ大会に続いて、第3回は初めて大西洋を渡ってアメリカのセントルイスで行われることになった。
この大会はオリンピックの歴史の中でもいわくつきの大会として知られている。ヨーロッパから見るとセントルイスはあまりにも遠く、参加者625名のうち地元アメリカ選手が533名を占め、282個のメダルのうち実に238個をアメリカの選手が獲得した。大会中には信じられないような事態も発生した。
マラソンでは、コースの途中で車に乗っていた選手がトップでゴールしたが、すぐにキセルがばれて失格になったり、陸上競技の中には障害物競走や綱引きまであった。現代から見るとかなり大らかな大会だったようだ。
ボクシングはすでにベアナックルの競技が行われていてプロボクサーもアメリカでは活躍していたが、新しくオリンピックに加わったボクシングに外国選手は殆ど参加せず、全7階級の全てのメダルをアメリカの選手が独占した。最重量級のヘビー級ではサミュエル・バーガーという選手が金メダルを獲得したと記録されている。
日本人初のメダリスト田辺清 初の金メダリスト桜井孝雄
日本人で初めてオリンピックのメダリストになったのは、1960年ローマ大会のフライ級で銅メダルを獲得した田辺清である。中央大学時代から実力を発揮した田辺は、ローマ大会に出場し世界の強豪相手に見事、銅メダルを獲得。
その後プロ入りして、当時の世界チャンピオンだったオラシオ・アカバロをノンタイトル戦でKOして期待されたが、世界挑戦直前に網膜剥離が発覚するという悲運に見舞われ無念の引退。確実に世界チャンピオンになれる力があっただけに惜しまれてならない。
その4年後に行われた東京オリンピックで、日本人初の金メダリストになったのが桜井孝雄である。高校時代にインターハイで優勝し中央大学に進学。ローマ大会の銅メダリストの田辺清は大学の2年先輩にあたる。
1963年の全日本で優勝し、東京オリンピック代表になった。サウスポーから繰り出されるパンチは、正確無比で精密機械の異名を持つようになった。地元東京開催のオリンピックでも、バンタム級でその実力をいかんなく発揮し、決勝では韓国のシンをRSCに下して優勝。日本人として初めてボクシングの金メダリストに輝いた。その後プロ入りして、順調に世界戦挑戦に駒を進め、ファイティング原田からタイトルを奪ったライオネル・ローズに挑戦した。
前半にダウンを奪い有利に進めながら、後半は慎重になり過ぎたのが響いて僅差の判定負け。そのあとも世界ランクの上位にいながらルーベン・オリバレスに、KOで敗れ世界再挑戦の夢は絶たれた。
当時の世界バンタム級は強豪揃いで層も厚く、現在のような4団体もある時代ではなかったので、東京オリンピックの金メダリストであっても世界タイトル獲得のチャンスはなかなか巡って来なかった。
そして、その4年後のメキシコオリンピックのバンタム級で銅メダルをとったのが、森岡栄治だ。桜井のあとに続けとばかり、バンタム級で快進撃を続け準決勝に進出した。
そこで対戦したのが、ソ連(当時)のワレリー・ソコロフだった。3ラウンド通じて森岡のパンチがソコロフを終始上回っていたように見えたが、結果は無念の判定負け。
結果的には、そのソコロフが金メダルを獲得していることから疑惑の判定と言われた。森岡もオリンピックのあとプロ入りして世界タイトルを目標にしたのだが、不運にも田辺清と同じように網膜剥離に見舞われて、キャリア途上で無念の引退になってしまった。
ロンドン大会 44年ぶりのメダリスト 清水聡と村田諒太
それから長い長い歳月が流れた。次に日本人がオリンピックでメダルを手にしたのは、メキシコ大会から実に44年後、2012年のロンドンオリンピックまで待たなければならなかったのである。
この大会、バンタム級に出場した清水聡が、このクラス森岡栄治以来の銅メダルを獲得。そしてミドル級に出場した村田諒太は、準々決勝、準決勝と逆転勝ちで勝ち上がり、決勝ではブラジルのファルカンを大接戦の末、判定で下し、1964年の桜井孝雄以来48年ぶりにオリンピック金メダルを日本にもたらした。
その後、プロ入りしてWBA世界ミドル級タイトルを獲得したことは周知の通り。日本人としてはオリンピックで金メダルを獲り、プロでも世界タイトルを獲った唯一のボクサーになった。
そのあとのことは記憶に新しい。コロナ禍のため1年延期して2021年に行われた東京オリンピックでは、フライ級の田中亮明が銅メダル。プロで4階級制覇した弟の田中恒成とともに日本のボクシングの歴史に名前を刻んだ。
前回のリオデジャネイロ大会から導入された女子の部でも、フライ級の並木月海が銅メダル、フェザー級の入江聖奈が金メダルを獲得し、日本のボクシング界にまた新たな風を吹き込んだ。
その後、大学院に進学した入江は蛙の研究者としても知られているが、その個性的なキャラクターと勝負強い性格は、これからの日本の女子ボクシング界の光になってくれることだろう。
一世紀を超えるオリンピックのボクシング 3人の金メダリストに続くのは誰か
1904年のセントルイスから始まったオリンピックのボクシング。その122年の歴史には、人生を賭けたそれぞれの奥深い人間ドラマが潜んでいる。
一世紀を超えるこの壮大な歴史の上に、日本人がメダリストとして名前を記したのは僅か8人だけである。そのうち金メダリストは、1964年の桜井孝雄、2012年の村田諒太、2021年の入江聖奈の3人。
金メダルとプロの世界タイトルを獲得することが出来たのは、村田諒太ただひとりである。
この栄光の陰には幾多のボクサーたちの数えきれないほどの夢や挫折や無念があったことだろう。この先、このオリンピックのメダリストの歴史に誰が名前を刻むのか。
次の2028年のロサンゼルス大会を楽しみにしたいものである。
※日本人のオリンピックボクシング メダリスト一覧
| 1960年 ローマ大会 田辺清 フライ級・銅 |
| 1964年 東京大会 桜井孝雄 バンタム級・金 |
| 1968年 メキシコ大会 森岡栄治 バンタム級・銅 |
| 2012年 ロンドン大会 村田諒太 ミドル級・金 (WBA世界ミドル級獲得) |
| 清水聡 バンタム級・銅 |
| 2021年 東京大会 田中亮明 フライ級・銅 |
| 入江聖奈 フェザー級・金(女子) |
| 並木月海 フライ級・銅(女子) |