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#9 今村庸一のボクシング・アカデミー:イタリアの歴史と文化とボクシング

イタリアの歴史と文化とボクシング

イタリアで行われたミラノ・コルティナ冬季オリンピックは盛況のうちに17日間の日程を終了した。日本は金メダル5個で史上最高の24個のメダルを獲得し連日のメダルラッシュに沸いた。

大会を通じて実に印象的だったのは、スポーツ大会を彩るイタリアの歴史と文化の奥深さであった。

開会式では、イタリアオペラの3大巨匠とされるロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニの3人の巨大な人形のキャラが目立っていたし、閉会式では、あのクリント・イーストウッドが主演した、映画「荒野の用心棒」のセルジオ・レオーネ監督の映画音楽が、BGMに使われていたりした。

閉会式の会場となったベローナは、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台でもあり、またモーツァルトが少年時代に父と2人で訪れ、大歓迎された町でもあった。このように、イタリアと接するときには、その背景にある歴史や文化などを知っておくことが大前提となっていて、その意味合いの深さを味わうこともまた大切なことなのである。

イタリアとボクシング

イタリアとボクシングではどうだろう。

イタリア人の世界チャンピオンで真っ先に思い出すのが、ニノ・ベンベヌチだ。1960年のローマオリンピックのウェルター級で優勝し、プロ入り後、世界S・ウェルター級と世界ミドル級の2階級制覇に成功し、一時代を築いた。まさにイタリアを代表する、「国民的英雄」と言っていいだろう。

エミール・グリフィスやカルロス・モンソンとの試合が印象的だ。

日本にもお馴染みの、世界チャンピオンと言えば、藤猛と対戦したサンドロ・ロポポロだろう。やはり、1960年のローマオリンピックのライト級で銀メダルを獲得した後、プロ入りし、1966年にカルロス・エルナンデスに判定勝ちして、世界S・ライト級タイトルを獲得した。鉄壁のディフェンスと、華麗なテクニックでヨーロッパスタイルの、完成されたチャンピオンとされていたが、2度目の防衛戦で日本に来て、藤猛の強烈なパンチを受け2ラウンドKO負け。王座から陥落した。

藤のパワーがロポポロのテクニックを粉砕した試合になった。これが契機となったのか、その後のイタリア人ボクサーと日本人ボクサーの相性は、圧倒的に日本人の方が良いようだ。

それを象徴するのが、1971年のカルメロ・ボッシと輪島功一の試合だ。

ボッシも1960年のローマオリンピックのライトミドル級の銀メダリストだった。プロ入り後はエリート街道を進み、イタリア王者、ヨーロッパ王者を経て、1970年にフレディ・リトルを判定で下して、世界S・ウェルター級チャンピオンになった。前チャンピオンのリトルは、日本のホープ、南久雄をワンパンチでKOしたこともあり、そのリトルに勝ったボッシ相手では、輪島にはとても勝機がないと見られていた。

ところがこの試合で輪島の「カエル跳び」や「あっち向いてホイ」戦法が功を奏し、両者決定打のないまま、最終回のゴングを聞いた。判定は輪島に挙がった。ボッシサイドからすれば、納得のいかない判定だったことだろう。ボッシはこのあと世界王座に返り咲くことはなく、輪島はその後、このクラスを代表する名チャンピオンになった。

ここにも日本とイタリアの運命的な相性があるように思われる。

イタリアのカテナチオの思想

イタリア人ボクサーと、日本人ボクサーはどこが違うのだろうか。

一概には言えないが、イタリアのボクサーはアマチュア出身者が多く、基本的にはアップライトスタイルで、ディフェンスのテクニックに長けているボクサーが多い。そのためか、ヨーロッパのボクサーは、判定が多いのも特徴的だ。

これに対して、日本人ボクサーは、積極的に攻撃を仕掛けることに重点が置かれ、採点基準も、攻勢点が重要視される傾向にある。また、採点基準にあるリング支配(リングジェネラルシップ)も、日本とイタリアでは考え方に違いがあるように感じることがある。これは単純に、採点基準だけの問題ではなく、その国の歴史や文化が築いてきた哲学や、思想にも関係する深い問題でもあるのだ。

サッカーの世界では、世界最高峰のリーグとされる、イタリアのセリエAが有名だが、イタリア代表チームは、伝統的にディフェンス重視と言われ、そのサッカースタイルはよく「カテナチオ」と称される。「カテナチオ」の元々の意味は、大きな門扉を閉めるときに使われる「閂(かんぬき)」を指すとされており、それから転じて鉄壁の守備を意味する、サッカーの戦術を表す単語として使われるようになったそうだ。

ここで興味深いのは、イタリアの人たちがサッカーという競技に何を求めるか、ということである。一般に、サッカーファンであれば、何といっても得点シーンを数多く見たいと思うのであるが、イタリアの場合はそうはならないのだ。相手の攻撃を、様々なテクニックを駆使して防ぎ、最終的には、完封するのが良い作戦だとされる。

そのためイタリア人にとって最高の試合とは、お互いノーゴールの0-0の試合こそ美しい、と言うのである。これは、日本人にはなかなか理解できない。ただイタリアは、これまで何回もサッカーワールドカップで優勝してきた経験もあり、長い独自のサッカーの歴史を踏まえて辿り着いた美学が、ディフェンスを重視した「カテナチオ」なのだろう。

長い戦いを勝ち抜いて生き残るためには、攻撃よりも防御が大切だという思想や哲学が、歴史や文化の中で育まれてきたのかもしれない。

そのように考えれば、ボクシングの考え方にも共通するものがあって、ガンガン前に出て相手をKOするスタイルよりも、あらゆるテクニックを駆使して、相手の攻撃を完封することが最も美しい、と考えているのがイタリアのボクシングの特徴と言えるのではないだろうか。

ただ、そのような巧妙なテクニックや負けないボクシングよりも、強打とパワーで圧倒し、相手を叩き潰してKO勝ちする方が痛快なことは明らかである。また、計算高いアマチュアのエリート主義に対抗して、カエル跳びのような変則ボクシングで相手を翻弄する方が、見ていて面白い。日本とイタリアのボクシングの違いは、そのような価値観の衝突があったように思えてならない。

日本人とイタリア人の世界戦

イタリアの、カルメロ・ボッシから世界S・ウェルター級タイトルを奪った輪島功一は、その後の防衛戦で、イタリアの挑戦者2人と対戦している。

初防衛戦がドメニコ・チベリア。1Rの速攻でKO勝ち。5度目の防衛戦がシルバノ・ベルチーニ。粘られたが12ラウンドTKO勝ち。ここでも、イタリア人挑戦者のテクニックを輪島のパワーが圧倒した結果になった。イタリアから見れば、極東の国、日本は鬼門、となっていて、なかなか世界戦で勝つことができない、厄介な国に見えたことだろう。

日本人とイタリア人のボクシングの世界戦は、それほど数は多くないのだが、記憶に新しいところでは、2008年に行われた長谷川穂積の5度目の防衛戦、WBC世界バンタム級タイトルマッチで対戦したのがイタリアのシモーネ・マルドロットだった。この時点で、挑戦者は、ランキング1位のヨーロッパチャンピオンでもあり、安定王者の長谷川を脅かす存在として見られていた。

この試合は、軽量級の世界戦にふさわしく、終始攻防兼備の打撃戦になったが、序盤の右眼のカットにもかかわらず、的確にパンチを当てた長谷川が大差で勝利しタイトルを守った。日本人とイタリア人が対戦した世界戦としては、珍しくお互いにパンチを交換し合う好試合となったのだった。

イタリア人ボクサーにとって、ディフェンス重視の「カテナチオ」の考え方がどこまで浸透しているか分からないが、日本対イタリアの対戦成績を見る限り、やはりイタリアのボクシングスタイルはどちらかと言うと守備的であり、イタリア人の中に突進型のブルファイターは見当たらない。

これまでは日本で世界戦が行われてきたことが多かったので日本に相性の良さがありそうに見えるが、もし日本人ボクサーがイタリアで試合したらどのようになるのか、興味深いところだ。採点の上で、攻勢点と防御点のバランスをどのように見るのかというので見方が分かれるのではないか。

これから、日本とイタリアのボクシングの、世界タイトルマッチをもっと数多く見てみたいものである。

異色のイタリア人王者

ところで、イタリアのボクシングには実にユニークなボクサーがいる。私がwowowエキサイトマッチを担当していた1990年代に、イタリアで行われた試合のビデオも送られてきたのだが、その中には、なかなか忘れ得ぬ異色のボクサーもいた。

その1人が、WBC世界クルーザー級王者になった、マッシミリアーノ・デュランだ。同じデュランでもあのロベルト・デュランとは大違いで、このイタリア人のデュランは、ほとんど芝居がかったようなボクシングで世界タイトルを獲得している。

1990年イタリアで、当時のプエルトリコのカルロス・デ・レオンに挑戦。11R終了後にチャンピオンのパンチが当たったとして、反則勝ちでタイトルを奪うことになった。この判断もどうかと思われるものであったが、どういう形にせよ、イタリアのデュランは世界王者に就くことになった。

それから4ヶ月後に、故郷フェラーラで行われた初防衛戦。今度はコンゴ出身のアナクレト・ワンバ相手に大苦戦。レフェリーも観客も、明らかに地元のデュランを応援していたようで、なんと挑戦者のワンバは些細なことで5回も減点される始末。その度にデュランコーナーからは、相手の反則に対する抗議のためか、何か白い棒状のようなものがたくさんリング内に投げ込まれていた。

wowowエキサイトマッチでこの試合を放送したのだが、この白い棒状のものについて解説のジョー小泉さん。「何でしょうね、あれは…。あっ! あれ、スパゲッティですよ!乾燥したスパゲッティを投げつけてるんですよ!さすが、イタリアですねえ…」本当にマンガのような話である。

いかにイタリアの地元であっても、ボクシングの世界タイトルマッチのセコンドに、大量の乾燥したスパゲッティを持参していること自体怪しいものだ。おそらくデュランが不利になってきたら、それを大量にリング内に投げて混乱させ、何らかのパフォーマンスをしよう、ということだったのではないだろうか。

この「抗議」が実ったのか、何と最終回この試合は、挑戦者ワンバの反則負けになり、デュランはフルボッコに打たれたまま、反則勝ちで初防衛をしたのだった。こうしてイタリアのマッシミリアーノ・デュランは、内容はどうあれ、WBC世界クルーザー級タイトルを獲り、初防衛にも成功した選手として歴代世界チャンピオンのひとりに記録されている。

もう1人、異色のイタリア人世界チャンピオンを挙げるとすれば、ジャンフランコ・ロッシ(またはロージ)を挙げておきたい。

ジャンフランコ・ロッシは、1987年にルペ・アキノに判定勝ちしてWBC世界S・ウェルター級タイトルを獲得(防衛1)、1989年にダーリン・バン・ホーンに判定勝ちして、IBF世界S・ウェルター級タイトルを獲得。このタイトルを1994年まで11度連続防衛した。これはこの階級では最多連続防衛記録となっている。

この記録だけを見ると、長期安定政権の絶対王者のようにも見えるが、試合内容を見てみると、よくこの内容で11度も連続して、強豪が犇くこのクラスを防衛してきたものだ、と思わせるものだった。IBFタイトル、11度の防衛戦のうちKOしたのはニ度だけで、それ以外はのらりくらりと相手の攻撃を交わしながら、判定防衛を続けていたものだった。この11度の防衛戦の多くをwowowでも放送したのだが、とにかく見ていて面白くない。一般にダルファイトと言われている試合の連続だった。

ロッシの戦術ははっきりしていた。初めから距離をとってパンチが当たらないところからパンチが届かなくてもジャブを何発か出す。ちょっとでも接近すると、すぐにクリンチで時間を稼ぎ、その間にちょこちょこと相手のボディなどを打っては離れる。これの繰り返し。お互いの有効打はないものの、ちょこちょこ打ったパンチを評価して、ロッシにつけざるを得ないような展開が続いていった。当然のことながら、試合自体は盛り上がりに欠けそうなものなのだが、ここがイタリアのボクシングファンの違うところだ。

観客の反応を見ていると、ロッシのパンチが当たろうが当たるまいが、とにかく手を出すと拍手喝采となる。相手が反撃に出て前進してくるとすぐにクリンチ。これまた拍手喝采。こうしてダラダラとした試合が続いていくのを観客も楽しんでいるようだった。これこそディフェンス重視の「カテナチオ」だ。こういうボクシングが美しいと評価されるのだから、イタリアの美学を理解するのはなかなか難しい。ロッシの試合のテープが届いてくると、冒頭の1Rだけ見てその後は早送りしてみることが多くなってしまった。

芸術と文化の国イタリアのボクシング番組

そのロッシの試合を放送していたイタリアのテレビ局の番組には、私の想像を絶するような表現方法が時々出てきて、びっくりさせられたことがあった。

ボクシングの世界タイトルマッチを放送する各国の番組には、時々その国独特の変わったものがあるのだが、イタリアもちょっと日本人には理解できないような表現が見られた。

通常であれば、ボクシングの試合は、いつダウンがあるかわからないような緊迫した動きを追いかけるのが普通なのだが、イタリアの番組はそうでもないようだった。

ジャンフランコ・ロッシは、あの有名な世界遺産にもなっている聖フランチェスコ教会のあるアッシジの出身であった。この出身地の教会で行われた防衛戦の番組は、番組当初からこの壮麗な修道院や聖堂などの映像から入り、修道士たちの敬虔な祈りの風景、聖マリア像、十字架のイエス像、建物外観を俯瞰した映像… 等々、まるでキリスト教の宗教的祝祭や、儀式を伝える番組のようにも見えた。カメラをパンすると、世界遺産にもなっている修道院の中庭にスポットライトが当てられていて、そこにボクシングのリングが備えられていた。

暫くして、厳かな賛美歌が聞こえ、2人のボクサーが入場してくる。これは何か、荘厳なミサでも始まるような風景であった。リング上では試合前の儀式がしめやかに行われていく。

試合が始まった。いつものように、ゆっくりと届かないジャブを何発か出すロッシ。リングを取り囲んでいる観客たちも、水を打ったように静寂そのものであった。時折挑戦者もパンチを出すがロッシのクリンチに受け止められてそのまま時間だけが経過していく。

ラウンドの途中でも、十字架のイエス像やマリア像、そして教会の建物などの風景がインサートで入ってきて、まるで宗教行事の一部にボクシングの試合が入れてあるという感じの番組だった。

このままつつがなく12ラウンドが終わり、当然のように判定勝ちでロッシがタイトルを防衛した。

これはボクシングの試合なのだろうか?日本でも、神社などで奉納相撲などが行われることがあるが、それは基本的には勝敗などは関係なく、あくまでも宗教的儀式として行われるものだろう。もしかするとイタリア人の感覚では、このような教会で行われる儀式では、勝敗など度外視して、宗教的儀式の一環としてスポーツイベントがある、という感覚なのかもしれない。

そう考えるとボクシングの世界タイトルマッチも、神前で行われる神事であり、勝敗などは二の次ということになるのだろう。相手を攻撃することよりも、まずは自分を守ることを優先して考え、お互いに傷つかなければ0-0の引き分けが一番美しい、とする「カテナチオ」の思想はこういうことなのかもしれない。

ただこれをボクシングの世界タイトルマッチで適応するのはどういうものなのだろうか。これがイタリアの歴史と文化を踏まえた成熟した文化と言えなくもないが、これでは見ていて面白くもないだろう。それで満足出来るイタリアのボクシングファンの人たちの感性は、私には理解を超えたものがある。

イタリアの試合とGatoradeの広告

まだある。

ロッシの試合で、メインスポンサーが大手飲料メーカーのGatorade(ゲイタレード)になっていたことがあった。試合会場には、至るところに緑と赤のGatoradeのロゴが貼り付けてあった。私はイタリアから届いたこの素材テープを最初から見ていたのだが、あることに気がついた。選手が入場する。リングへ入る。リング全景を写すロングショットに移る。

リングの背景はフルショットでちょうど収まるように、Gatoradeの巨大な看板が立っている。コーナーポストにあるGatoradeのステッカーが目に入る。選手が羽織っているガウンにもGatoradeの文字。…。つまり選手入場から試合開始に至るまで、どのカットを見ても切れ目なく、画面のどこかにGatoradeのロゴが入っていたのだった。しかもそのバランスたるや見事なもので、まるで計算し尽くされたような位置にその文字は画面に収まっていた。それだけでも芸術的映像のように思われた。

しかしこれが宣伝用のプロモーションビデオで編集されたものならともかく、これはボクシングの生中継の画面である。それを番組の初めから終わりまで、ずっと画面のどこかにGatoradeのロゴが入るように、カメラマンもスイッチャーもディレクターも、細心の注意をしながら番組を作っていたことが分かったのだった。

しかもそれだけではなかった。試合が始まると、当然のことながら、対戦する2人のボクサーを中心に撮影されるのが普通だ。時には2人のフルショット。時には片方のクローズアップ。時には別アングルからの画像。というようにボクシングの試合である以上は、ボクサーの動きを正確に伝えなければならないはずだ。

ところがこの試合はそうではなかった。リング上で打ち合っている2人のボクサーを写していたカメラが、そのまま横へパンしてボクサー2人が画面からフレームアウトしてしまった。そのカメラが向かった先は、何とGatoradeの看板であった。画面の外で打ち合いが続いているにも関わらずである。

逆のパターンもあった。試合の途中で急にニュートラルコーナーに貼り付けてあるGatoradeのステッカーのアップの画面に変わり、そこからゆっくりZoomアウトしてくると、手前の方でボクサー2人が打ち合いをしているといった具合である。よく見ると、その一つ一つのカメラワークは実に完璧で、まるで後から編集したような画面構成になっていた。何をやっているんだ!イタリアのスタッフの人たちは!ちゃんと試合やボクサーを写してくれよ ! と言いたくもなるが、それにしてもこの技術は大変なものだ。同業者としては本当に感服したのを覚えている。

私もその後、大学の授業で映像論などを教えたこともあったが、映像には撮影技術と編集技術を勉強する前に、何を伝えたいのか、映像の目的を考える必要があると教えていた。その目的には優先順位があって、何を最優先に伝えたいのかを全員が共有していなければ良い映像作品はできない。

このイタリア放送局が制作した、ボクシングの試合の最優先事項は、明らかにボクシングの試合ではなく「Gatorade」であった。日本の常識から見るとちょっと異様にも見えたが、それはそれで首尾一貫した目的を共有しているので大したものだと思ったりしたものだ。

ジャンフランコ・ロッシの試合は、総じて退屈なものが多かったのだが、こうしてイタリアの放送局が制作する番組の演出や技術などを細かく見ていくと、それなりに勉強にもなったし、新しい発見があったものである。さすがイタリア。ここにも芸術と文化が融合する歴史の奥深さを伺うことができた。

冬季オリンピックとボクシング競技

今回のミラノ・コルティナオリンピックにおいて、IOCから今後の夏冬競技の入れ替えが検討されているというニュースがあった。

それによれば、夏大会の肥大化を防ぐために、室内で行われるものを冬に移行させ、その中にはバスケットボール、バレーボールのほか、柔道やボクシングも含まれてるという。そうなれば将来は、オリンピックのボクシング競技は冬に行われることになるかもしれない。ボクシングのメダリストたちが、スキーやスケートのメダリスト達と同時期に表彰されるのも悪くはないだろう。

何と言ってもイタリアはルネサンスの国である。歴史と伝統を重んじながらも、新しいものを創造していく力がこの国にはある。ボクシングの世界でも、この国から新しい発想が生まれることを期待したいものだ。
理事長:今村庸一

理事長:今村庸一
1956年生まれ。駿河台大学メディア情報学部名誉教授。メディア論。東京大学大学院社会学研究科卒。
放送作家として数多くのスポーツ番組の企画・構成を担当。1990年よりWOWOWエキサイトマッチの構成を10年間担当。「ワールドボクシング」にもコラムを連載するなど多数執筆。

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