世界チャンピオン会創設者 ガッツ石松さん逝く
3月8日、大嶋拳倶楽部のジム開きで挨拶するガッツ石松さん
元WBC世界ライト級チャンピオンで、プロボクシング世界チャンピオン会の創設者でもあるガッツ石松さん(本名鈴木有二)が6月2日に亡くなった。76歳だった。
以下は、ガッツさんが社長を務めた株式会社ガッツエンタープライズが、SNS等で「訃報」として発表した声明――。
「弊社ガッツ石松が令和8年6月2日(76歳)、肺炎のため都内病院にて永眠いたしました。ここに生前賜りましたご厚情に対し心よりお礼申し上げますとともに、ご報告いたします。
葬儀につきましては故人および遺族の強い意向により近親者のみで執り行い、皆様へのご報告がこの時期になりましたことをお許しください。
尚、誠に勝手ではございますが、ご供花、ご供物につきましては謹んでご辞退させていただきます。
お別れの会等につきましては現時点では未定とさせて頂きます。
今後お知らせすべき事項がございましたら改めてご案内申し上げます。
多くの皆様に愛されたことは、本人にとって最大の誇りであり幸せな一生であったと確しております。故人に代わりまして、これまで温かく支えてくださった皆様に心より深く感謝申し上げます。
ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想い出していただければ幸いです。
OK牧場!
令和8年6月11日
株式会社ガッツエンタープライズ 社員一同 」
日本人ボクサーとして、史上初めてライト級の世界チャンピオンになったガッツ石松さん。この階級は設立されてから100年以上の歴史を持ち、人気階級であるゆえに、なかなか日本選手も手が届きにくく、ガッツさんの後で世界チャンピオンになったのは畑山隆則、小堀佑介の2人しか出ていない。
日本ライト級王者時代のガッツ石松さん
栃木県上都賀郡粟野町(現鹿沼市)出身。ヨネクラジムに所属し、1966年から12年間のプロ歴で、51戦31勝17KO14敗6引き分けのレコードを残した。引退後はタレント、俳優としても活躍し、自ら制作・監督・主演も務めた映画「カンバック」で長年の夢を果たした。
事業家としても、政治にも意欲を示した時期があったが、1996年の衆院選に自民党から出馬したものの落選し、その後は政治的行動を控えていた。
2010年には「プロボクシング世界チャンピオン会」の名称で引退した元世界チャンピオンの親睦会を設立し、24年に浜田剛史さんにバトンタッチするまで自ら会長を務めていた。
去る3月8日、大嶋拳闘俱楽部のジム開きに招かれ挨拶した時が、公の場に現れたガッツさんの最後の姿となった。